このページではJavaScriptを使用しています。

ロゴ

本棚へ戻る


  • 目次

ここは小さいけれど資源にも恵まれ、現在は特に争いもない平和な国。

僕はここで王子として生まれた。
厳しくも頼もしい父上と優しくて暖かい母上、そしていつも微笑んでくれる美しい姉上の4人家族。
王族という特殊な環境ではあるけれど、それでも家族に囲まれた時間は幸せだった。



けれどそんな幸せな時間は永遠には続かない。

隣国の建国記念の式典に出席した両親の馬車が帰り道で襲撃をうけた。
小さくとも一国の王の移動なのだからそれなりの数の警備は付けていたが全員帰らぬ人となり、予定時刻になっても戻らないことで出動した捜索隊がその無残な亡骸達を発見した。
なんて不幸な事故だろう。
幸せは突然飛び去ってしまうものなのだ。



そうして両親の葬儀が終わった後、僕は玉座についた。

僕が王になって初めにしたことは後宮を解放したこと。
祖父と祖母、そして両親も政略というよりは恋愛結婚に近かったため側室を持たず、後宮は祖父の代から封印されていた。
その後宮を解放して風を入れた。

といっても別に本当に後宮を解放して側室を持つつもりはない。
だから解放は秘密裏であり、解放に関わった者には全て口止めをしてある。

後宮を解放した理由は姉上にそこで静養してもらうためだ。

姉上は両親の死の衝撃で倒れ体調を崩した。
本当はもっと郊外の静かな場所のほうが良いのは分かっているが、両親を襲撃した犯人が捕まっていない以上、姉上を外に出すという危険は冒せない。
そのため王宮の奥まった場所に造られた後宮を使うことにしたのだ。

この後宮は王宮内ではあるが、かなり広い森のようになっている。
そしてその森の中央部に後宮の建物があるのだ。
この後宮を造った王は森に飼いならした猛獣を放して警備兼側室の脱走防止にしたという。
面白いことを考える王もいたものだ。
まぁそのおかげで王宮内でも静養に向いた環境を整えられた。



後宮とその周りの森の間には庭園が作られていて、姉上は天気のいい日はいつもその中の東屋で本を読まれたりお茶を楽しんだりしている。
執務の合間や終わった後に僕は後宮を訪れてそれを森の木の陰から見守っている。

今日は侍女も連れずに庭園に咲き始めた花を自らの手で詰まれているようだ。
庭園には棘のある品種は置いていないが怪我をされないだろうか。
心配でもう少し近づこうかと一歩を踏み出した瞬間、枯れ枝を踏んでしまった。
足元で鳴ったパキッという音が耳に大きく響いた。

「誰かそこにいるの?」

姉上の声がする。
応えなければと思うのに何故か頭は真っ白で喉も張り付いたように声が出てこない。

「……もしかして、ディータなの?」

姉上の口から僕の名前が出てきたことに喜びと安堵を感じる。
他に思い浮かべる人間はいないのだと。

カサカサと草葉を踏む音が近づいてくる。

姉上と会えるのは嬉しいのにそれと同時に不安も込み上げてきて、一瞬王宮へと踵をかえそうかとしたが体はうまく動いてくれず、そうしているうちに木の影を覗き込んできた姉上と目が合った。

一瞬驚いたように開かれた若草色の瞳。
その瞳に映る次の感情はいったい何なのか。

「久しぶりね、ディータ」

姉上は微笑んだ。
腕に抱く花よりも花のように。

その笑顔を見た瞬間、自分が息を止めていたことに気付いて息を吐き出した。
それと同時に肩の力も抜ける。
さっきまで感じていた不安はもうなかった。



姉上に誘われて東屋に移動する。
東屋の内側に造り付けられたベンチに姉上が腰掛けたのでその隣に腰を下ろす。
すると姉上は僕から離れて座り直した。

「姉上……?」
「……貴方ったら私が怒っていないと思っているの?」

その言葉に鼓動が止まりそうになる。
また不安が疼く。

「私、目が覚めたらいきなりここにいて凄く驚いたのよ?それにここから出ようとしたら侍女達に止められるし。その理由を聞いても貴方が来るまでお待ち下さいの一点張りなのに貴方は全然来てくれないし」

そういって拗ねるように私を睨む姉上。
ああ、僕が思っていた理由ではなくてよかった。
でも姉上?そんな顔で睨んでも怖くありませんよ?

「もぅ!私は怒っているのにどうして笑うの!ちゃんと私の話を聞いているの?」
「ふふっ、申し訳ありません姉上。僕も早くお会いしたかったのですが慣れない政務に手間取ってしまって遅くなりました。けれど、こうしてお会いできたのが嬉しくて頬が緩むのを抑えられないのです」
「むぅ……」

姉上は困った顔になる。
嬉しそうな僕の顔を見て怒り続けていられなくなったのだろう。
本当に可愛らしい。

「姉上に無断で居を移したのは申し訳ありません。ですが倒れた姉上には静養して頂くのが一番だと思ってここを用意したのです。それに父上達を襲った犯人が見つかっていない以上、警備は厳重にと言いつけていたのですが……まさか姉上の足を止めるとは思わず、不快な思いをさせてしまいました。どうすればお許しくださいますか?」

悲しげに目を伏せる。
少しの間をおいてから姉上が溜め息をついたのが聞こえた。
それと同時に隣に感じる温もり。

「……もう、いいわ。許してあげる。ここの生活にも特に不満はないし、一番怒っていたのは貴方がいつまでたっても来なかったことだしね」

姉上はいつも優しい。
どんなに怒っていても謝れば許してくれる。
それはそれは美しい微笑みと一緒に。



「そういえば私はこれからもここで暮らすの?」
「ええ、襲撃犯達が捕まるまではそうして頂きたいです」

ここで暮らすのは嫌ですか?

「でも、ここ後宮でしょう?そのうち貴方の側室達が入って来たときに私がいたら気を遣って大変じゃない?」
「そんな心配はいりませんよ。ここを解放したのは姉上だけのためです。僕は側室を娶る気はありません」

幸せの鳥は1羽で十分ですから。

「あら、貴方もお父様達と同じように一人だけと決めているのね」

僕の言葉を聞いて姉上が嬉しそうに笑う。
姉上は昔から母上に父上との話を聞くのが好きだったからな。

「ええ、僕は一途なので」
「ふふっ、素敵ね。貴方に想われる人は幸せ者だわ」
「それは……どうでしょうね」

姉上の言葉に苦笑いがこぼれてしまう。

「大丈夫!私が保証してあげるわ」
「……姉上、僕は……」

無邪気に笑う姉上の頬に手を伸ばす。
しかし触れる直前に邪魔が入った。
いつも何かしようとすると邪魔が入るのは神様の悪戯なのか?

「陛下、ご歓談の最中申し訳ございません」
「よい、何だ」
「バーゼルト侯爵より謁見が申し込まれましたが如何致しましょう」
「あら、コンラート様がいらっしゃってるの?」

僕が返事をするよりも早く姉上が話に出てきた名前に興味を示す。

「姉上……」
「あ、大丈夫よ?ただ元とはいえ婚約者だった人の名前が聞こえたからちょっと反応しただけなの」
「姉上にはもっと相応しい人がいますよ」
「ありがとう、でもコンラート様のいうように両親の訃報なんかで倒れているなんて一国の王女としては失格よね」

困ったように笑う姉上。
姉上が心を痛める必要はないのに。

「さぁ、お待たせしてはいけないわ」

姉上に促がされ東屋から足を踏み出す。
今まで遮られていた日の光に一瞬目が眩む。

「ディータ」

姉上の声に振り返る。

「あなたが望むなら私はずっとここにいるから、今度はもっと早く出て来てね?」

微笑む姉上。
貴女はいつだって全てを許してくれる。




広い謁見の間に朗々とした声が響く。
玉座の前で跪いた青年から聞こえるのは謁見には付物の長いお決まりの口上だ。

「よい、単刀直入に用件を言え」

それを遮って本題を促す。
とはいっても王になってから殆ど毎日といっていい程この男から謁見の申し込みがあり、そしてその内容は同じものだ。

「ではお言葉に甘えまして。陛下が就任されてからの謁見で何度もお願いしている件ではありますが、どうぞ陛下の姉君であり私の婚約者でもあるアマーリア姫との謁見をお許し下さい」

やはり今回も同じ用件か。

「それは出来ない。謁見の度に同じことを言っているはずだが、姉上は体調を崩しておられるのだ。それに婚約者の話は白紙に戻したはず」
「婚約破棄のお話については、せめて一目お会いして姫からお話を聞くまで私は納得できません」

この婚約は元々父上が勝手に決めたこと。
この男では姉上には役者不足もいいところだ。

「姉上は現在静養中でいつ回復するともわからぬ。将来を嘱望されているそなたをずっと待たせる訳にはいかないと身を引かれたのだ」
「私はいつまでも姫をお待ちするつもりです!どうか姫の静養場所だけでもお教え下さい!」
「そなたに言うことは何もない。……話は終わりだ。下がれ」

いつもいつも同じ問答の繰り返し。
いい加減諦めればいいものを。

「陛下、最後に一つだけ。最近陛下が後宮に出入りしていると聞いたのですがあそこを解放されたのですか?」
「……いいや、所詮噂だろう?私は側室を娶る気はない」

そのまま無言で退室を促す。
しばらくそのまま睨むようにして見つめてきた侯爵もやがて謁見の間から退出した。



「しかし後宮の話を出してくるとはね……」

誰もいなくなった謁見の間で1人呟く。

後宮は王の居住区からしか行くことが出来ないようになっている。
解放するにあたっての作業に使った者達は全て口止め済み。
残っているのは後宮で仕える侍女達だが、あれも周りの森に僕と姉上以外は襲うように躾けた猛獣がいて外には出られない。

ふふっ、どうやら口止めし忘れた者がいたらしい。
まだ喋れる口があったとはね。

目障りな蝿もいるし、一緒に口を塞いでしまおうか。



僕が用意した最高の鳥籠。
幸せが飛び去らないように少しも籠の扉が開かないようにしなくては。
たとえ扉が開いたとして中の小鳥は微笑むだけだとわかっていても。


Copyright 2013 Amayatudo. All Rights Reserved.