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目の奥に軽い痛みを感じて瞼を閉じました。
それと同時に一瞬だけ意識が遠くなるような感覚。
ここ数時間ぶっとおしでパソコン画面を見ていたからでしょうか?
そろそろ休憩しようかと思って目を開けたらパソコンがありませんでした。
というか部屋そのものがなくなってました。
意味がわかりません。誰か説明プリーズ。
椅子に座っていたはずが、お尻の下にあるのは大きめの岩です。
ぶっちゃけて言ってしまえば今私がいるのは森の中みたいです。
森といってもそれほど木が密集していないので日の光がさんさんと降り注いで明るく、吹き抜ける風がとっても爽やかです。
でも私の心は暗雲が立ちこめそうです。

「スズメ様?」

自分の置かれた状況がわからず呆然としていたら後ろから声をかけられました。
可愛らしい声にひかれるように振り向くとそこにはまさに天使のような少年が。
金色の髪は肩までの長さで後ろは低い位置で一つに結んでおり、スミレのような紫の瞳が心配そうにこちらを見ています。
ついでに言うと白いシャツに濃紺のフロックコートに似た股下までのジャケットを着こなして半ズボンとブーツの間から覗く生足が眩しいです。
ここは天国?と思いつつもその姿形には何やらデジャヴが……。

「……まさかと思うんだけど、小鳩?」
「まさかも何も小鳩ですよ。なんだかボーっとしてるし大丈夫ですか?」

目の前の少年、小鳩は私の額に手をやって熱を測りはじめました。
いやいや具合は悪くないですよ?
でもこの少年が私の知っている小鳩だとすると、私は今とんでもない場所にいるようです。
おそらくはさっきまでずっと見ていたパソコン画面の中に。



私が長時間パソコン画面を見ていたのは、その中でオンラインゲームいわゆるMMORPGをやっていたからです。
といっても私は小心者なのでギルドに入ったりとか他の人と一緒にパーティを組んだりとかは殆どなく、家庭用ゲームのRPGと変わりない感じでした。
ゲームの名前は『ディアオンライン』
よくある剣と魔法の中世ファンタジーな世界です。
ゲームの特徴として、1キャラにつき1体の「プティ」という精霊がつきます。
この世界に生きる者は全て生まれた時に神から祝福とともにプティが授けられるそうです。
プティは最初感情に乏しく出来ることも少ないですが常にシャムスの傍にいて共に成長し色々な手助けをしてくれます。
まぁそういうゲームの設定なんです。

このプティは性別や姿形、色彩は選べるのですが、外見は5〜7歳程度の子供です。
小さな子が好きな大きなお友達にはたまらない仕様です。
課金アイテムとしてプティの洋服や髪型などのアバターがランダムで手に入る財宝箱があったりと、このゲームの売りになっています。
で、そのプティというのがこの目の前の少年だったりします。

さっき少年が「スズメ様」といっていたので、どうやら私はゲームで使用していたキャラになっているようです。
スズメというのは私の小さい頃からのあだ名で、平均よりも小柄で髪が黒よりも茶色に近く本名に鳥の字が入っていることからつきました。
キャラは自分の分身という気持ちが強いので殆ど自分と同じ設定にしてあります。
とはいえある程度種類のある髪型や顔の造形から似たようなものを選んだだけなので実際よりも可愛くなっています。まぁ当然です。
鏡がないのでわかりませんが、今の顔はどうなっているんでしょうね?

一応種族はエルフだけど、外見上は人間とほぼ変わらないはずです。あ、でも触った感じでは耳はやっぱりとんがってるみたいです。
この世界には色んな種族がいるらしいですが、キャラ選択で選べるのは人族、獣人族、精霊族、魚人族、竜人族、魔族の6種類だけでした。
ちなみにエルフは精霊族の一部です。でもプティは精霊族とは関係ないらしいです。
それぞれの種族の中でさらに数種に分かれていて、どれになるかはランダムで決まります。
人によっては自分の思うとおりのキャラを作るために何回もキャラを作り直したという人もいるそうです。
私にはそんな根性はありません。まぁエルフいいと思います。
職業的にも種族補正がいい感じですし。

あ、職業はメイン職業が10種とサブ職業が……何種類あるんだろ?
サブ職業は色々と追加されたり、期間限定とかあったりで何があるのか全部はわかりません。
まぁいっぱい選択肢があるってことです。
で、メイン職業は戦士、魔術士、神官、モンク、レンジャー、召喚士、吟遊詩人、踊り子、魔物使い、騎士の10種類。
ちなみに私は召喚士をやっています。
色んなモンスターを召喚して一緒に戦ってもらえるのでソロにはぴったりかもという理由で選びました。
実際ソロに向いているかは知りません。
でも可愛い動物(っぽいモンスター)達に囲まれているのは幸せなので後悔はしていません。
さっき言った種族補正というのは種族と職業の組み合わせによって決まります。
たとえばエルフの私が召喚士をすると植物系、精霊系のモンスターと契約がしやすくなり、召喚する際に必要なMPも若干少なくなるといった感じです。

「スズメ様?さっきからぶつぶつと本当に大丈夫ですか?」

っと、若干現実逃避をしていて小鳩の存在を忘れていました。ごめんなさい。

「大丈夫。問題なしです」

だからそんな不審げな目で見ないで下さい。

とりあえずここが『ディアオンライン』の世界だとして、これからどうするかを考えなくちゃいけません。
だってなんだかお腹がすいてきたんですもん。
つまり現実世界と変わらないってことです。食べなきゃ死ぬし、食べるためには食料を調達しなくちゃいけません。
はっきり言って夢オチを切望していますが、どうなるかわからない以上とりあえず行動しないと始まりません。

「ねぇ小鳩、ここってどこだっけ?」
「……とても大丈夫そうに見えないんですが、ここはトレイスの近くの森ですよ」
「なるほどー」

トレイスの近くならそれなりに安全ですね。
確かレベル低めのモンスター相手に小鳩の慰労レベルを上げていたんでした。

このゲームの舞台である大陸はいびつな六芒星のような形をしていて、それぞれの角の部分に各種族の街があります。
12時方向から時計回りに、人族の街ウノ、獣人族の街ドゥエ、精霊族の街トレイス、魚人族の街クワトロ、竜人族の街シィン、魔族の街セイスです。
人によっては12時、2時、4時、6時、8時、10時の街と呼んでいたりもします。
この街はそれぞれの種族が最初にお世話になる街で一通りの施設はそろっていますが、レベルが上がってくるにつれて内陸部にある3つの大都市に移っていきます。

3つの大都市は三角形を描くように配置していて、こちらは12時方向から時計回りに、太陽の都ソル、月の都ルア、星の都エストレーラといいます。
方角的には12時、4時、8時ですね。
必然的に大陸内部に行くにつれて敵モンスターのレベルが上がっていくので危険です。
まぁ大陸の中央の中央は今後のアップデート用に未開拓の地になっていますが。

私が今いるトレイス周辺は精霊族が最初に訪れる街のため初心者向けでレベル1〜10程までのモンスターしか出ないので危険度は高くありません。
とはいえこんなバーチャルリアリティー的な世界でのモンスターとの戦闘経験はないため早く街に戻ったほうがよさそうです。
あ、ちなみに私のレベルは53です。ゲーム内の最高レベルは100。
一応1年半程前から始めたんですが基本ソロでやっているのでレベルはあまり高くありません。
この『ディアオンライン』自体は4年程前から稼動しているのでカンストプレイヤーも珍しくはないようです。
私も一応カンストを目指してはいるのですが……やっぱりソロでは厳しいです。はぁ……。
っと、ため息をついてる場合じゃありませんでした。

「小鳩、いったんトレイスに戻りましょう」
「え、慰労のレベル上げはいいんですか?」
慰労はモンスターの魂を慰めて素材を手に入れるスキルでプティしか使えません。

「お腹もすいたから慰労はまた今度でいいです」
「わかりました」

小鳩が苦笑いしてますが、何か納得いきません。
なんでそんなしかたない子を見るような目で見るんですか?
どう考えても私のほうが保護者的役割ですよね?



それから20分程歩いてトレイスの街に着きました。
トレイスは精霊族の初期街ということで中世ヨーロッパの町並が半分森に飲み込まれたかのように自然が溢れた場所です。
「おおー、ここがトレイスですか。思ったより遠かったですが、なんとか辿りつけてよかったです。小鳩は疲れてませんか?」
「この位はいつものことですから大丈夫ですよ」
小さいのに全然疲れていないって凄いですね〜。
どうやら私もキャラのおかげか身体能力がアップしているようで疲れは感じませんが。
え、たかが20分歩いたくらいで?
いやいや普段運動してないインドア派にはキツイものなんですよ。

モンスターにも遭遇せずに無事トレイスの門をくぐって中央広場に来たまでは良かったんですが、そこには思わぬ光景が広がってました。
まぁ一言でいえば私以外にも入り込んでしまったプレイヤーがいたんです。
それもかなり大勢で。

「なぁなぁなぁ、これはいったいどういうことなんだ!?」
「い、いつからこのゲームはVRになったのよ!?」
「ちょっ、運営!さっさとどうにかしろよ……!」

この世界のNPCとプレイヤーには特に違いもなく、中の人がいるかいないかだけなので現実っぽくなった今は見分けがつけにくいのですが、皆さんの口走ってる言葉を聞く限りではこの広場にいる殆どの方がプレイヤーのようです。
各街にある中央広場は普段から掲示板でのお知らせなど色々な情報や人が集まる場所なので皆ここに集まったんでしょう。
人によって地面に座り込んだり他のプレイヤーに詰め寄る勢いで話かけたりとしていることは様々ですが。

ちなみに今の私の目的は広場に出てる露店の食べ物です。

「すいませーん、このジバフ牛の焼き串4本ください」

肉の焼ける音と香辛料の香りの誘惑に逆らわず露店のお兄さんに声をかけました。

「はいよ、全部で1200ゴルドだ」

ゴルドはゲーム内通貨です。
普通に1ゴルド=1円という感じでしょう。
確認する前に注文しちゃったけど手持ちのお金がそのまま使えるようで安心です。
これならしばらくは食いはぐれることはないでしょう。

「スズメ様?食べないんですか?」
「食べるのは街を出てからにしましょう」

お兄さんから焼き串を受け取った後は小鳩の手をひいて足早に広場を後にしました。
広場にくるまではこの世界に入り込んだのが私1人だと思い込んでいたので「これが異世界(?)トリップってやつか〜」というオタク的な思考や夢オチという希望も捨てていなかったんですが、他にもかなりの人数が来てしまっているとなると話は別です。
おそらくさっきまでINしていたプレイヤーの全てがこちらに来てしまっているのかもしれません。

こうなると小鳩を連れてのこのこと街中を歩いてはいられません。
今はまだパニックになって行動に移してない方も多かったみたいですが、こういった災害時には犯罪が起こるのが常です。
広場の人達を見て私の中にも言葉に出来ない不安が渦巻いていますが、それ以上に恐怖が強いです。
私は女です。こういった場面では性的な暴行が起こる可能性があることが本当に怖い。
それに私は基本ソロでやってきたため頼れるようなフレンドやギルドといった存在がありません。
この場合とにかく人目につかないように逃げるが勝ちです。


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