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ってことで現在は月の都ルアに来ています。
広場から出てすぐに街から出ようと思ったんですが、そこで気づいたこと。

街を出て何処へいけばいいのか?

最初はフィールドに出ようかとも思いましたがフィールドは無法地帯。
しかもまだ遭遇はしていませんがモンスターがいるはずです。
それを考えるとPKなどは禁止されている街の中にいるほうが安全かもしれません。

街中でPKや戦闘を始めると街の警備の人達がやってきて捕まります。
その後は1週間ほどの活動停止。ゲームの時はアカウント停止でしたがこの世界ではどうなるんでしょうか。
とはいえ他のプレイヤーに危害を加えられないとも限らないので何処か安全な場所を街中で確保したい……と考えていたら足が止まっていたようです。

「今度は急に立ち止まってどうしたんですか?今日のスズメ様はなんだか変ですよ?」
「う〜、これでも私と小鳩を守るために頑張って知恵を絞っているとこなんです」
「守るって何からですか?私にもちゃんと相談してください」

私の手を握る小鳩の力が強くなりました。
それは何だか1人じゃないと言われているようでちょっと心が暖かくなります。

「……説明がしずらいんだけど、街中で安全でぶっちゃけて言えば私達以外の人が絶対に入ってこれないような場所が欲しいの」

小鳩に相談した私は情けない顔をしていたかもしれません。
これからどうすればいいのかが分からなくなってきて不安が少しずつ大きくなってきたようです。

「それなら大都市でホームを買ったらどうですか?
」 「えっ……、あっ、そっか!」

小鳩の言葉に思わず声を上げてしまいました。
すっかり忘れていましたが大都市には個人で購入できる物件があるのです。
ギルドなど大人数の人達が使っているような大きいものから個人用の小さいものまで。
ゲーム内でのお金やアイテムの管理は各街と大都市にある銀行の施設で預け入れができますが、ギルドの集会や個人で休む場所が欲しいプレイヤー用として大都市にはそういったシステムがありました。
初期の街は殆どの人がある程度レベルが上がると離れてしまうため、このシステムがあるのは大都市3つだけです。

私は特に必要性を感じなかったので普通にログアウトするときは道の片隅などでしていました。
なので残念ながらそんな物件は持っていません。

小鳩の言葉からそのことを思い出したので街の出入り口近くにあるゲートから、ここ月の都ルアに来たという訳です。
あ、ゲートというは丸い魔方陣のようなもので街や大都市はもちろんのこと、一部のフィールドにも設置されています。
これを通ると普通に移動すると何日もかかる距離でも一瞬で行き来できてしまうんです。
なぜか街と大都市以外のフィールドへの移動はできなくなっていましたが今のとこはおいておきましょう。

まぁそういう訳で今はルアの物件の購入手続き……の前に資金を引き出しに銀行に向かっています。
ホームは大きさにもよりますが、一番小さい個人用のもので大体5千万ゴルドはします。

大体狩りなどでモンスター1体が落とす金額が500ゴルド。
クエストの報酬はピンからキリまでありますが、大体10万〜100万ゴルド。
ドロップ品の販売等もあるので私くらいの中堅のプレイヤーの1日の稼ぎは大体300万ゴルドくらいです。
でも武器や防具などは使うと耐久度が減るため修理に出さないといけません。
その修理費が100万〜200万ゴルドはするので純利益として100万ゴルド出ればいいほうといった具合。
なのでプレイヤーによっては日々金欠に苦しんでいる方もいるようです。

私はといえばお金には困っていません。一応リアルでもゲーム内でも。
というのも課金アイテムがかなりの高価格で売れるからです。
3000円のアイテムが大体1億ゴルド。
課金はしたくないけど課金アイテムが欲しいという方は結構いらっしゃるんですね。

若干オタクの入っている私はそれなりの金額を『ディアオンライン』につぎ込んでいるのでそういった金策を活用しゲーム内なら左団扇な状態です。
まぁプティのアバターとかがゲーム内のオークションで基本1千万以上するのでそれ用の資金なんです。

そんな訳で資金の問題はないのですが、死んだときに所持金が半額になるデスペナ対策で手持ちのお金は乏しいため銀行でおろさないといけないのです。
銀行は主要な施設の1つのためメインの大通りに面しています。
ただしメインの大通りはかなりの人混みのため、私は近道で裏道とまでは呼ばれない程度の道を歩いています。
通行人もちらほらと見かける程度なので急いでいるときには便利です。

が、やはりここでもパニックを起こして声を上げる人や道に這いつくばる人などプレイヤーらしき人が目につきます。
私はとにかく目を逸らして足早に歩くしかありません。

「くそっ、いったいどうなってんだ!」

パチンという音と一緒に聞こえてきた怒鳴り声に思わずそちらに顔を向けてしまいました。

そこには頬をおさえて蹲るプティの少年と頭を掻き毟っている男性。
プティの少年は髪と同じ茶色の目を潤ませて呆然としています。
おそらく隣に立つ男性に叩かれたせいでしょう。
赤く短い髪とオレンジの瞳が炎のように揺らめいていてその人のイラつき具合がわかるようです。

驚きに目が離せないでいたせいで、イラついたように辺りを見回したその男性と目が合ってしまいました。
男は一瞬嫌な笑いを浮かべると足をこちらに向けました。

その瞬間、私は小鳩の手を掴んで駆け出していました。
足早とかいってる場合じゃありません。全速力です。

とにかく隠れたくて通りから横道に逸れて入りくんだ細道に走りこみました。
「……っ」
「きゃっ」
でも身長差がそれなりにある小鳩の腕を掴みながら走っていたせいでしょう、小鳩がバランスを崩した拍子に私も一緒に倒れこんでしまいました。

急いで立ち上がろうとした私の耳に聞こえるジャリっという石畳を踏みしめる音。
思わず振り返れば後ろには先程の男性がニヤニヤした顔で立っていました。
それはいたぶれる弱者を見つけた強者の喜びでしょうか。
全身に鳥肌がたち震えがとまらず上手く立つことが出来ない私にゆっくりと近づいてくる男。
なんとかしなきゃ、そう思いながらも喉が凍りついたように言葉が出てきません。

「おいおい逃げなくてもいいじゃねぇか、仲良くしようぜぇ」
「スズメ様に近づかないでくださいっ」
「邪魔なんだよっ!」
危険を感じた小鳩が膝立ちのまま私の前に両手を広げ庇ってくれましたが、男はそれを鼻で笑って蹴り払いました。

「……っ!」
「ふんっ、プティが敵うわけないだろうがっ!これ以上痛い目に遭いたくなきゃおとなしくしてるんだな!」
「ぐぅっ……、うぅ……」

男は地面に崩れおちた小鳩にさらに蹴りをいれます。
小鳩は蹴り飛ばされて壁にぶつかった際に頭を切ったようで額からは一筋の血が滴っています。
それに左腕を抑えているから蹴られたときにひびでも入ったのかもしれません。
男のほうを憎憎しげに睨みつけてはいますがどうやら体が動かないようです。

男はさらに数発の蹴りを小鳩に入れてから私のほうへと近づいてきます。
怖い、恐い、こわい……!
じっと動けずにいる私の肩に男の手が触れた瞬間、涙と一緒に感情が弾けたように叫び声が出ました。

「っ、きゃぁぁあぁぁぁぁ……」

とにかく無我夢中で喉から声を絞り出して。
悲鳴なのか奇声なのかも分からないような引き攣った耳障りな音。
でもそれが今の私には精一杯で。

思わず目をつぶっていた視界に強い衝撃と痛み、それと口に広がる血の味。
どうやら男に頬を張られたようです。
次第にじんじんと熱を持ってくる頬にそれが分かりました。

「うっせぇっ!!お前はおとなしくしときゃいいんだよっ!」
「うあっ……う、ぐぅっ……」
「くそっ、なんなんだよっ!いきなりこんなことになって!!ふざけんなっ!なんでこんなっ……」
「……う、ぅうっ」

この訳のわからない世界への困惑が怒りになり周りに向かっているのでしょう。
男は座り込んだままの私の髪を乱暴に掴み立ち上がらせると、そのまま私の頭を壁にぶつけ怒鳴りちらしています。
頭をぶつけられた衝撃は本当に星が飛び散るかのように頭を真っ白にするくらいの痛みで、その後はとにかく痛いという思いしかなく涙と小さな呻き声しか出ませんでした。

最初から抵抗という抵抗も出来ませんでしたが、まったく動けなくなった私を見た男は荒い息をついて私の髪から手を離すと体を壁に押し付けて胸元の服を破りはじめました。
そこから入ってきた男の手が直に肌に触れる気持ち悪さ。
これから起こることへの恐怖と絶望。
いっそ気絶してしまいたいのに痛みに引き戻されてそれさえも出来なくて。
ただただ涙で視界が歪んでいるのだけが救いでした。

「ぎゃっ……!」

男の叫び声と重いものが地面に倒れる音、それと一緒に感じる重力。
でもそれに逆らう力も残ってなくて、崩れていく私の体。
地面に叩きつけられる衝撃を覚悟して目をつぶった私を受け止めたのは地面ではなくもっと柔らかなものでした。

「大丈夫かい、お嬢ちゃん。しっかりしなっ!」

少しハスキーな声に揺り動かされて瞼を開けると、涙で滲んだ視界に誰かが覗き込んでいました。
一瞬人のぬくもりに体が強張りましたが、微かに風に乗った優しいハーブのような香りに体の力が抜けまた涙が流れてきます。
その人が何か柔らかい布で私の目じりを拭ってくれ、だいぶクリアになった視界にいたのは……女神様でした。
いや、女神様というよりは妖艶すぎて魔女のような美女でした。

「くそっ、どきやがれっ!」
「グルルル……」
「きゃはは、その程度のレベルでこの子に敵うと思ってるの〜お・じ・さ・ん」

男の声に視線をやると、牛ほどの大きさの黒い狼のような動物が男に圧し掛かり威嚇しているのが見えました。
どうやら先程あの男から解放されたのはあの狼さん(?)のおかげだったようです。
でも狼さんの上に小さな少女が乗っかっているように見えるんですが錯覚でしょうか?

そこではっとして小鳩のほうへと意識をむけるとどうやら気絶しているらしく苦しげに瞼を閉じています。
急いで駆け寄ろうと体を起こしかけますが、頭がふらついて結局女神様の腕の中に逆戻りしてしまいました。

「っ……小鳩……」
「かなりやられたみたいだね。あんたもあの子も」

女神様は私と小鳩を痛ましげな目で見ると、鞄をごそごそ。

「とりあえず、これ飲んでおきな」

そこから赤い液体が入ったビンをとりだして蓋を開けると私の口元につけてくれました。
正直腕を上げるのも痛かったのでその気遣いがありがたいです。

赤い液体はなんというかトマト?みたいな味でした。
透明感があったのでまさかトマトだとは……。なんだか裏切られた気分です。

ですが、どうやらHPの回復ポーションだったらしく体の痛みも取れて動けるようになりました。
たしかに思い返してみれば回復ポーションのビンってあんなデザインだったかもしれません。

「……ありがとうございました。もう大丈夫です」
「そうかい?じゃあ、あの子にもこれ飲ませてあげな。意識がなくて飲めないようなら患部にぶっかければいいよ」

女神様は私に回復ポーションを1本持たせると腕から離し、そのまま狼さんに圧し掛かられている男の横に立ちました。

私は急いで小鳩の側にいってポーションを口に含ませましたが意識がないせいでうまく飲み込んでくれないため、女神様に教えてもらったとおり頭や腕、お腹にかけることにしました。
意識は戻りませんが、頭の血も止まり血が滲んで変色していた腕や腹部も元の肌色に戻り一安心です。

「ぎゃぁぁあぁぁぁっ!!」
「うるせぇ、この外道がっ!」

その声でようやく男と女神様に意識を向けることが出来ました。
どうやら色々なことで混乱して若干逃避していたのかもしれません。

女神様はまるで女王様のごとく男の股の間を踏みつけていらっしゃいました。ピンヒール的な靴で。
私からは後ろ向きで表情が見えませんがかなりお怒りのようです。

男は悲鳴を上げながらも上半身はいまだ狼さんに圧し掛かられて身動きが取れないようです。
さらに顔の前に突き出してガードしている腕は狼さんに噛まれて血が滴り落ちています。
そしてやっぱり狼さんの上の少女は見間違いではないようで楽しげに声をあげて笑っていました。

「きゃははは、もっともっとお仕置きよ〜」
「ぐがっ……やめっ、」
「てめぇみてぇなゴミがいるから、これから先が不安なんだよ!この人間の屑がっ!」
「がはっ……ぐぅ、いっ……」

そのうち男の声は段々と小さくなっていき聞こえなくなりました。
……気絶したんですよね?
さっきまでされたことを思えば男を心配するような義理は全くないのですが、その恐怖からとりあえずは抜け出した今の状態を見ていると人間として少し本当に若干ですが可哀相に思えなくもないです。いや、やっぱないかな?

女神様は男が気絶すると振り返り私の前に立ちました。
小鳩を抱きかかえて座り込んでいた私も慌てて小鳩を壁にもたれかからせてから立ち上がりました。

「あのっ、本当にありがとうございましたっ!」
「……」

頭を下げてお礼を言いましたが女神様からの反応がないので顔を上げるとそこには不機嫌そうに半目になった女神様。
頭一つ半ほど高い位置から見下ろされ声もかけられず呆然としていると今度は女神様に頬を叩かれました。
おそらくかなり手加減してくれてはいるようですが十分痛かったです。

「あんた馬鹿かいっ!?こんな訳のわからない状況なんだよっ!もっと周りに注意しなっ!」
「……っ!」
その言葉は頬の痛みよりも強い衝撃でした。

「っ、わかっ、わかって、私だってそのくらいわかって、いますっ……でも、でも実際には全然駄目で、何にもできなくて……っ」

大勢のプレイヤーが入り込んでしまったということが分かった時に危惧したことも頭では分かっていました。
でも実際にはなんの心の準備もしてなくて。
逃げる時だってあのまま大通りの人混みの中に逃げればよかったんです。
少しは冷静になれた今ならわかることも恐怖を感じているときには思いつきもしなかった。

「わた、私はっ、弱くてっ……小鳩まで傷つけてしまって……っ……」

涙があふれてきて止まらなくて、それと同じくらい自分の駄目さを感じて自己嫌悪が止まらなくなって……。

そんな私を包んだ優しい香りと柔らかな温もり。

「ちっ……わかったよ。もういいから、泣くのはおよし」

女神様はそう言って、ただ背中をさすってくれました。


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